Apollo Manroku

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デビルマン – 15 悪魔 2005年6月13日

Filed under: Entertainment — アポロ @ 16:50

実写版の「デビルマン」の DVD をレンタルビデオ屋で借りてきて観ました。予告編の映像などを見ていてかなり期待はしていました。ビデオ屋では新作として出たばかりの頃はいつもレンタル中だったので、それだけでそうとう人気があるのだろうと確信し、インターネットでレビュー記事などは一切読んでいませんでした。

以下、ネタばれなので、読みたくない人は絶対に読んではいけません。

原作のコミックは全巻読んだことがあったのですが、映画のストーリーは、かなりがんばって原作に忠実に作ろうと努力していたようでした。その点は好感が持てるところです。

しかし、まず一番がっかりしたのは、役者が大根。素人の学芸会レベルでした。少しは演技のマシな役者もいるだろうと思って我慢して観ていたのですが、結局最後までがっかりさせられたままでした。たぶん、監督とか、演技指導の人とかがダメだったんだろうなぁ。せっかくいい役者を使っていても、全部死んじゃってるって感じです。ただヒロインのミキちゃん役の女の子は、かなりいい線いっていたかも。

あと、せっかく CG で作ったデビルマンの出来は最高によかったのに、それをぜんぜん生かしきれていないのです。デーモン一族が続々と出てきて世界はパニックになっているはずなのに、実際に登場するデーモンの姿はほとんどなく、「人間」ばかりを描いているのです。そういう人間のドラマの部分をアピールしたかったのかもしれませんが、肝心の演技が最低なので、人間ばかりを描く意味がありません。デーモンによる世界の混乱はほとんどすべてボブサップによるテレビのアナウンスのみで表現というエンターテイメントとしては最悪の演出でした。メインで描くべきところをすべて省略して、観客の想像に任せてしまっているのです。手抜き以外の何物でもありません。

確かに、「人間こそが悪魔」というテーマのひとつを表現するために、インパクトの強すぎるデーモンを描かずに人間だけを描いたということでもあるのかもしれませんが、その試みは完全に失敗だと思います。

本当に説得力のある映画というのは、製作側の押し付けがましいテーマなどを直接語るものではありません。この世に存在しないデーモンを実際に描き、そのデーモンと人間とを同じスクリーンの中で対峙させてこそ、観客は自ら、そこに隠された真のテーマを感じ取り、深く感動するのです。

理屈で映画を作ろうとしたから失敗したのだと思います。

せっかく原作のテーマ自体は世界に通用するすばらしいものなのに、とても残念な結果でした。こんな映画でも許してしまう、原作者の永井豪先生の懐というのは、そうとうに深いですね。

ⅩⅤ 悪魔」のカードの深い意味を、この「デビルマン」という作品と共に考えてみるのもいいでしょう。

 

 

 

 

 

 

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