Apollo Manroku

2010年以前に書いた記事の過去ログ

毎日モーツァルト 2006年6月17日

Filed under: Entertainment — アポロ @ 15:06

NHKの衛星放送で「毎日モーツァルト」という番組が放送されているそうですね。モーツァルト生誕250周年を記念した番組だそうで、月曜日から金曜日まで毎日放送されているので「毎日モーツァルト」ということらしいです。私は衛星放送を受信していないのでこの番組をテレビで見ることはできないのですが、インターネット上で無料配信されている動画コンテンツがあるので、そちらで見ることができました。NTTのフレッツ・アクセスサービス(フレッツADLSとかBフレッツとか)を利用している人だけしか見ることができないのですが、「フレッツ・スクウェア」というサイトの中の「音楽」カテゴリーの中に「毎日モーツァルト」があります。私がこのコンテンツに気が付いたのは今年の春ごろで、既に第50回前後が放送されている時だったと思うのですが、フレッツ・スクウェアでは第1回からすべての過去の放送も見ることができたので、私も第1回から順番に見させてもらいました。

最近は手持ちのCDもほとんどないので、クラシック音楽を聴く機会もそれほど多くはなかったのですが、「毎日モーツァルト」を見ていると、そこで流れるモーツァルトの曲のほとんどが耳になじんだ曲ばかりだということに気づきました。自分でもすっかり忘れていたのですが、昔はクラシック音楽のCDもたくさん持っていて、カセットテープに録音してヘッドホンステレオ(ウォークマンみたいなやつ)で聴いたりしていたのです。そのころは仕事や趣味で走って(駅伝とかロードレースとか)ばかりいたのですが、腰に巻いたウェストバッグの中にヘッドホンステレオを入れて、走りながらクラシック音楽を聴いていました。そのとき聴いていた曲のほとんどがモーツァルトだったのです。普通はロックなどのテンポのいい曲を聴きながら走るものだと思いますが・・・。

当時はそれほど好きで聴いていたわけではなくて、モーツァルトを聴くと頭がよくなるだとか、アルファ波が出て集中力が増すだとかいう情報を鵜呑みにして闇雲にモーツァルトばかり聞いていたようなものです。どちらかというと、バッハのオルガン曲やベートーベンの交響曲などのほうが、当時の自分の感性に合っていて好きでした。モーツァルトは、何度繰り返し聞いてもいまいちピンとこなかったのです。交響曲の25番や40番、ピアノ協奏曲のいくつかの短調の曲などには当時の感性にも響いたらしく、好んで聴いていたような気もしますが。

久々にモーツァルトの音楽に触れてみると、どれもこれもが懐かしく、昔、ランナーだったころの思い出とともに、当時の様々な感情がよみがえってきます。自分でも気づかないうちに、モーツァルトは私の魂にしっかりと染み付いていたようです。まるで子守唄のように安らかな気持ちになります。もっとも、ランナーだったころの思い出は辛いことばかりですが、今になってみればいい思い出です。人生のうちで、もっとも熱く激しく、まさに「走っていた」時代ですが、そんな修羅場の中で、私はモーツァルトと共にあったのです。

今の私にはバッハのような厳粛な音楽や、ベートーベンのような激しい感情の音楽よりも、モーツァルトのような自然に流れる軽快な音楽がちょうどいいようです。理屈ぬきで楽しめ、不思議と心が安らぎます。

「毎日モーツァルト」を観ながら、モーツァルトが生きた、今から250年前のヨーロッパというのは、モーツァルトのような音楽家にとってどのような時代だったのかと、ふと考えることがあります。当時の音楽というのは、主に貴族が楽しむためのものだったようです。他には、教会などで演奏される宗教音楽にも需要があり、モーツァルトはそういったところで就職口を得て生活していたようです。イギリスなど、市民の地位が向上しつつあった国などでは、一般市民向けの演奏会なども行われるようになってきていたらしく、音楽はじょじょに市民にも広がっていた時期だったようです。

ただ、現代ではクラシック音楽はあくまでクラシック(古典)であり、それほどポピュラーな音楽とはいえません。現代では、いわゆる流行歌、CDシングルにおさまるような3分から5分程度の、カラオケでも歌えるような曲でないと売れないわけで、もしモーツァルトが現代に生きていたら、そういう分野で活躍していたのかなぁとか考えてしまいます。モーツァルトの時代には、彼の作る曲はもちろん、当時の最先端の流行だったと思うのです。当時の人々は、そんな音楽に熱狂していたのかもしれません。

私は最近の流行歌はほとんど聴かないのであまり詳しくはないのですが、たまに弟にCDを借りたりして聴いてみる曲は、しばらくするとすぐに飽きてしまいます。後になってまた繰り返し聴いてみたいという気にはほとんどなれません。ところが、クラシック音楽などは何度聴いても飽きないし、聴くたびに、その時々で違った感じ方ができます。結局、手元に残るCDはクラシックだけということになってしまうのです。今回の「毎日モーツァルト」では、そういうことをつくづく感じさせられました。

実は、もうひとつ書きたいことがあったのですが、だらだらと長くなってしまったので、次回に書くことにします。ところで、「モーツァルト」って、キーボードで入力しにくいですね。"moーtsaruto"と入力します。

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One Response to “毎日モーツァルト”

  1. Unknown Says:

    クラシックは、繰り返しのパターンをみつけるのが、楽しいです。パターンを追いかけてるうちに、風景が見えてきます。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「月光」第3楽章を聴くと、月明かりに照らされた道を恋人との待ち合わせ場所に向かう女性の姿が思い浮かびます。こういうイメージってみんな違うのでしょうね。


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