Apollo Manroku

2010年以前に書いた記事の過去ログ

心霊写真の謎 2006年8月16日

Filed under: Tarot Episodes — アポロ @ 23:48

最後にテレビを見たのは今年の正月ごろだったかもしれません。なんとなく、テレビを見なくなってしまったのですが、最近ではインターネットでの動画の配信も盛んで、そこそこ高画質の動画をストレスなく観れるようにもなってきています。パソコンで DVD も見れるので、レンタルビデオ屋で借りてきて観たりしていると、テレビを見なくても全然平気ということなのかもしれません。あるいは、最近のテレビ番組の内容や表現方法が体質的に受け付けられなくなってきたせいでしょうか。テレビを見ていると、無意識のうちに考え方や感じ方を強制され、どんどん自分らしい理性を失っていくような気がします。

無理に拒絶しているわけではないのです。気がついたら見ないようになっていただけなので、またそのうち気が変わって、テレビを見るようになるかもしれません。

Yahoo!動画などをたまに見ているのですが、やはり季節がら、「真夏のミステリー特集 2006」なんてのをやっています。何か面白そうなものはないかと思ってさがしてみると、「恐怖動画ランキング」の一位に「ムー 戦慄!心霊写真の謎」なんてのがありました。「ムー」といえば有名なオカルト系の月刊誌で、私も面白そうな記事を見かけたときは時々買ってきて読んでいます。心霊写真はそれほど好きではないのですが、「ムー」のばかばかしいことにまじめに取り組んでいる姿勢(とか胡散臭さとか)が好きだったりするので、朝食を食べながら、ちょこっと覗いてみることにしました。

注意:心霊写真を食事時に見るのはやめましょう。気持ち悪くなって食欲がうせます。

内容は、どこかから集めてきた心霊写真を紹介して、ここに写ってますよと説明する程度の古典的な内容で、特に新しい発見があるというほどのものではありませんでした。写真の解析に、最近ではパソコンを使って素人でも簡単にできるようになった画像加工技術を使ってたりするのですが、はたしてそれで本当に心霊写真の鑑定ができるのかどうか疑わしいものでした。画像のエンボス加工くらい、私のパソコンの中にもある無料のソフトでもワンクリックで簡単にできてしまいます。まあ、その辺は「どうせ『ムー』だから」ということで、誰も本気で突っ込んだりしないのかもしれませんけどね。

同時に女性リポーターが心霊スポットを訪れて、手持ちのカメラで写真を撮りながら取材をしていたのですが、こういう番組にありがちなのが、取材の途中で撮影機材の調子がおかしくなったり、スタッフの体調が悪くなったりするといった演出です。特に女性リポーターなんかが出ていれば、必ずといっていいほどそのリポーターが体調の不良を訴えて、時には「撮影続行不可能」ということで終わっていたりします。それを狙ってわざわざ女性リポーターを使っている(男性リポーターでは絵にならないため)のかな?なんて思ったりもしていたのですが、意外にも、撮影中のトラブルなどの演出はなく、女性リポーターが「少しいやな感じがする」といった程度のコメントをしたくらいでした。この程度の大げさ過ぎない演出には好感が持てました。

そもそも、心霊スポットと呼ばれるような場所を意識して取材に行っているわけで、そこでどのような出来事があったのか、事前に調べたりもしているわけです。そういった先入観を持って取材をしていれば、気の弱い女性リポーターなどは恐怖心で体をこわばらせているものです。長時間の取材で極度の緊張状態が続けば、そこそこタフな人であっても、精神的に持たなくなって気分が悪くなるのは当然のことだし、体調に影響が出ても不思議ではありません。「寒気がする」とか「妙な気配を感じる」というのも、最初からそういう場所だと思いこんでいれば、何もなくても無理に何かを感じようとしてしまうものです。実際、緊張で冷や汗をかいていたり、体をこわばらせて血行が悪くなっていたりすれば、「寒気」を感じるのはごく自然な現象です。そういったことをすべて「霊のしわざ」と決め付けるのは間違っています。そういうときに気分が悪くなったりする女性は霊感が強いというわけではなく、単に臆病で、思い込みが激しい性格だというだけのことです。

心霊写真と呼ばれるものについても、それらを最初から霊魂の仕業と決め付けてしまうのも考え物です。たとえそれが科学的に証明できないようなものであっても、原因は霊魂ではなく、もっとほかのものである可能性も考えられるはずです。たとえば、ある説によれば、この空間は実は穴だらけで、いたるところに空間のゆがみが存在するといわれています。そういった三次元のゆがみを二次元の写真でとらえたときには、本来あるべきはずのものが写らなかったり、ないはずのものが映り込んだりするのはそれほど不思議なことではないと思います。また、私たちが実際に自分の目で見ているこの現実も、すべてが同じ瞬間に存在しているとは限らず、過去や未来のものを現在の現象として認識して見ている可能性もあります。あるいは、現在目の前にあるものすら、何らかの理由で認識できていないこともあるでしょう。そういったものを写真に撮ったときには、やはり、写らないものがあったり、逆に写ってしまうものがあったりするわけです。いずれも、この世界のごく自然な現象に過ぎないのに、そこに何らかの意味づけをしてしまうのは、人間の悪い癖だと思います。

その「意味づけ」こそ、最近のテレビ番組などに表れている強い傾向で、視聴者に考え方や感じ方を強制することにほかなりません。しかし、人はその意味付けがないと、不安で仕方がないのです。

人間は、いつからそんな風になってしまったのでしょう? 実は、それは旧約聖書のアダムとイブの時代から始まっていたことです。アダムは、自分の周りにあるあらゆるものに名前をつけ、意味を与えてゆきます。そうすることで、初めてそれらの存在を認識できるようになるのです。つまり、これは、最も人間らしい行為ということでもあるのです。

人間の理解を超えた不思議な写真でも、「これは心霊写真だ」と決め付けることで、心理的には安定するのです。そして、本来そこには無関係の霊魂を、その写真の中に「創造」することになります。しかし、この「創造」的行為は神がアダムとイブに対して禁じた行為だったのではないでしょうか。サタンはイブを誘惑し、神の禁を破り、智恵の木の実を食べさせます。それによって、人は「ない」ものを「ある」とする、悪魔的な智恵を身につけてしまったのです。

「自分は霊感体質」と思い込んでいるような気の弱い女性をレポーターに仕立て上げる番組は、ちょうど、イブという女性を誘惑したサタンのようなものですね。逆に言うと、昔から女性は、悪魔や心霊に弱かったということかもしれませんが。

「ムー 戦慄!心霊写真の謎」という動画は五段階評価の「恐怖指数」を見ると「骸骨二つ」ということで、それほど怖くはないということらしいです。しかし、なんだかんだ言って私は心霊写真が苦手で、食べていた朝食をはきそうになってしまったり、首筋に変な気配を感じたり、怖くて後ろを振り返れなかったり、物音に敏感になってしまったりと、それなりに恐怖を堪能させてもらいました。本当は、私は、かなりの怖がりです。

いろいろと批判をしてはいるものの、怖いものは怖いのでありました。

(その恐怖がまた快感なんですけどね。)

 

タロットカードは「Ⅸ 隠者」です。

闇の中をランプ(カメラ?)をかざして歩く老人。彼は、非常な現実主義者で、見えないものは信じません。しかし、見えているのは、ランプに照らされたわずかな世界のみ。その周りには、未知の世界が無限に広がっています。私たちは見えないものを勝手に想像して、おびえているのです。

 

© 2006 アポロのタロット占い

 

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