一昨年の夏、分杭峠からの帰り道で壊れた自転車の後輪のブレーキは、いまだに直っていません。一度修理に出して直ったかに思えたのですが、完全には直っていなかったようで、またすぐに壊れてしまったのです。
壊れたといっても、力の入れ具合によってはブレーキが効いたり効かなかったりといった感じで、完全に壊れたというわけでもないのです。ただ、ブレーキを軽く握っただけでもギギーという激しい騒音が出るので、できるだけ後輪のブレーキは使わないようにしています。
自転車に乗って買い物に出かけるのはだいたい夕方ごろで、帰ってくるころにはすっかり暗くなっています。家に帰り着く直前に割と急な下り坂があるのですが、これがけっこう長い上に左右に曲がりくねっていて、しかも周囲は木々が生い茂り、カーブミラーもありません。街灯もなく、夜になると非常に危険な場所なのです。
この危険な下り坂をブレーキの壊れた自転車で降りなければならないのですが、ブレーキをほんの少しでも握れば夜中に大騒音が発生することになり、周囲の民家に迷惑をかけてしまいます。しかも、ただでさえ不気味な夜道を、悲鳴のような騒音を出しながら通るのは、かなり気持ちの悪いものです。
後輪のブレーキを使わずに、前輪のブレーキだけ使えば良いというわけにもいかないのです。前輪のブレーキは弱いので、この急な下り坂の負荷に長時間耐えることができないからです。前輪のブレーキまで壊れたら困ってしまいますからね。
それなら、自転車を降りて歩いて坂を下れば良いということになるのですが、この不気味な夜道をゆっくり歩いて帰るのも嫌なのです。自転車で一気に下ってしまえばすぐに家についてしまうのですから。下り坂を歩くと膝が壊れそうになるし……。
というわけで、結局、自転車を降りずに坂を下るのでした。しかも、ノンブレーキ!
はじめは怖かったですよ。もちろん、夜道の不気味さよりも、視界の利かない暗闇の中で猛スピードで走る恐怖です。カーブの先に突然車や人が現れたら、おそらく大事故になってしまうでしょう。このあたりは野良猫なども多いし、山の中ですからイタチやらタヌキやらヘビやら、何が路上にいるかわかりません。全神経を前方に集中して坂を下ります。視覚だけに頼っていても無理なので、意識そのものを前方に伸ばして必死に気配を読み取ります。すると、予知能力や透視能力みたいなものが出てくるような気がしてきます。ここまで追い詰められると、そういう力が自然と出てくるものなのでしょう。
最近やっとスピードにもなれてきましたが、そういう境地に達することができるのも、やはり超能力めいた力のおかげでしょうか。
それとも、単に恐怖に対して鈍感になっただけなのか?